巨石石組みの大傑作 阿波国分寺の名庭園
今回は樹木の治療や樹木医は離れ、徳島県のお庭に行ったお話です。
徳島県徳島市にある阿波国分寺のお庭です。
この庭園には、巨石石組みのある名庭園があるときていましたので楽しみに来てみました。
重森三令という昭和の有名な作庭家の絶賛という庭園で、国の名勝にも指定されています。
阿波国分寺
ついにきました。阿波国分寺です。
阿波国分寺は、聖武天皇の詔で全国に建てられた国分寺の1つです。学校の歴史でも習いましたね。東大寺をドカンと奈良に立てて、諸国に国分寺と国分尼寺を立てた話です。阿波国分寺は、東大寺の建立でも活躍した行基が直々に薬師如来を刻んだといわれています。
山門にはいきなり青石。「阿波の青石」です。
山門を入ると左側に巨石が横たわっています。
この巨石は、建立当時にあった七重の塔の礎石です。
これが阿波国分寺の建物の配置(伽藍配置)です。当時は東大寺と同じ伽藍配置だったそうです。
このような感じは、なんとなく東大寺とかぶってきます。
そして、庭園の拝観料300円を納めたらいよいよ阿波国分寺庭園です。
阿波国分寺庭園
これが阿波国分寺庭園です。このお寺は奈良時代の聖武天皇の頃に作られましたが、鎌倉・室町時代には荒廃したと言われ、庭園は桃山時代に作庭され、江戸時代後期に大幅に改修たらしいです。かつては、池泉には水が張られていたらしいので池泉回遊式庭園という事になっています。国の名勝に指定されています。
作庭者はわからないらしいです。でも、この豪快な石の使い方を見ると、実際に石を据えた作庭者や庭師さんの格闘ぶりが目に浮かぶようで、情熱が伝わってきます。
そして、この庭園の最大の見せ場は、天生橋です。
天生橋
いくつもの石を組み合わさった力強い石組みです。かっこいいですね。
栗石で橋の下の流れを表しています。
この写真は天勝橋の右側です。
山の上の方に三尊石組みがあり、そのあたりから水が天生橋を通り池に流れる流れと写真の真ん中あたりに滝組がありそこも水の流れを表現している。
多くの石が立てて使われていて、庭全体が勢いがあります。
護岸もこんな風に石を立てて使い。
土留もこんな風に石を使っているのが印象的でした。
これは、池の中の中島です、橋が3つかかっていますが、この中島は亀を表現する亀組石になっています。橋はそれぞれ違ったタイプの石が使われています。特に注目したのがこの薄い橋の石です。
写真で伝わるでしょうか?薄い石ですね。
この庭園は、薄い石が多く使われています。薄い石は少し向きが変わると、趣も全然かわってきますので据えるときは、よく計算して考えて据えられたのだなと思います。
天勝橋のすぐ左側です。
ソテツの前の石組みは鶴石組みです。私も教えてもらうまでは、全くわかりませんでした。
これは庭園の左側にある築山ですが、右側よりおとなしい感じはしますが、それでも多くの石が立てて使われ、そう来るのかという石の使い方をしています。三尊石のところから水が流れてきている様子です。
この滝組の下の方には、このような洞窟のような石組みがあります。
これは洞窟石組です。洞窟石組みは、蓬莱神仙思想から不老不死の仙人の住むという神秘的な洞窟を表現したものです。この庭園は盛りだくさんです。
さらに左を見る築山の上に、尖った立石がかっこよく据えられています。護岸石組みもすごいですね。
さらに左には、こんな石組みもあります。
お堂の裏側に回りました。
非常に薄い石を使ってい石組をしています。
こんなところにも石橋が架けられています。
巨石の石組み。薄い青石で組まれています。鶴石組みのようにも思えます。
御本堂の正面左側にも大きな石で石組みです。
御本堂は、庭園で囲まれている感じになります。
見どころも尽きないダイナミックなお庭です。
桃山時代にできたときは、どんなお庭だったのだろう?と思うと、それもまた楽しみです。
樹木に関するご相談⇒http://www.matui-jyumokui.com/
トップページ⇒https://sdgs-greening.com/
Warning: Trying to access array offset on value of type bool in /home/jyumoku3kata/sdgs-greening.com/public_html/wp-content/themes/jin/cta.php on line 8
Warning: Trying to access array offset on value of type bool in /home/jyumoku3kata/sdgs-greening.com/public_html/wp-content/themes/jin/cta.php on line 9